和歌山で税理士をしている和田全史です。
先日、JA(農協)で行われた確定申告相談会に参加した際、農家の方の相談内容を見ていて、ある点が気になりました。それは、現在議論されている「飲食料品の消費税率を0%とする案」が、実務上は想像以上に大きな影響を及ぼす可能性があるのではないか、という点です。
飲食料品の税率が0%となった場合、農産物の多くもその対象に含まれることになります(花卉など現在も軽減税率の対象でないものは除かれると思います)。制度として実現するかどうかは現時点では未定ですが、仮に導入された場合、売上への影響、簡易課税との関係、本則課税への切替え、さらには申告実務を誰が担うのかといった点まで、現場ではさまざまな課題が生じる可能性があります。
今回は、相談会の現場で感じた点も踏まえながら、飲食料品の税率0%が農家の実務にどのような影響を与え得るのか、考えてみたいと思います。
農協の相談会で感じた、今後大きな影響が生じる可能性
先日の農協の確定申告相談会では、主に売上規模が比較的小さい農家の方が来場しており、相談内容の多くは所得税に関するものでした。消費税に関する話題が出ることはほとんどなく、多くの方が、税率変更が行われた場合の影響について特に意識していない様子でした。
農業分野では農協特例があるため、もともと免税事業者であった農家の多くはインボイス登録を行わず、現在も免税事業者のまま事業を続けています。そのため、日常の取引の中で消費税の処理を意識する場面が少なく、税率の変更が経営に与える影響についても、まだ十分に認識されていないケースが多いと感じました。
しかし、仮に飲食料品の税率が0%となった場合、単に税率が下がるという話ではなく、売上金額の減少や課税方式の見直しといった問題が現実的に生じる可能性があります。特に、小規模事業者ほど制度変更の影響を実務面で受けやすい一方で、対応が後手に回る可能性もあり、今後現場ではさまざまな課題が表面化することが想定されます。
農家の多くが置かれている消費税の前提
農業分野では、事業規模が比較的小さいケースが多く、年間の課税売上高が1,000万円以下である事業者も少なくありません。このような事業者は免税事業者となるため、消費税の申告や納税を行わずに事業を行っているケースが一般的です。
また、課税事業者となっている場合であっても、売上規模が5,000万円以下であることが多く、実務負担を軽減する観点から簡易課税制度を選択しているケースが多く見られます。
このように、農業分野では「免税事業者」または「簡易課税事業者」である割合が高いという点が、仮に飲食料品の税率が0%となった場合の影響を考えるうえで重要な前提となります。
飲食料品の税率が0%になると何が起きるか
現在、飲食料品の多くは軽減税率8%の対象となっており、農産物についても、税込価格の中にはこの8%相当額が含まれています。仮に飲食料品の税率が0%となった場合、同じ販売価格を維持できない限り、税込ベースで見た売上金額は実質的に減少することになります。
例えば、現在108円(税込)で販売しているものが、税率0%となった場合、単純に考えると販売価格は100円となり、売上金額は約7.4%(8/108)減少することになります。一方で、種苗、肥料、燃料、農機具など、多くの経費には引き続き10%の消費税が課されるため、支出が同じ水準で推移する場合には、利益がそのまま減少する構造となります。
また、これまで簡易課税制度を選択していた事業者においては、みなし仕入率による計算上、一定の益税が生じていたケースも少なくありません。税率が0%となれば、売上に係る消費税額自体が発生しなくなるため納税は減少しますが、その一方で、税込売上の減少による影響の方が大きくなる可能性もあり、経営への影響を慎重に見極める必要があります。
税率0%の下では簡易課税が不利になる可能性
ここまで見てきたとおり、飲食料品の税率が0%となった場合、税込売上が実質的に減少する一方で、種苗や肥料、燃料、農機具などの支出は10%課税のまま残る可能性が高く、利益が圧迫されやすい構造になります。
このとき、課税事業者が簡易課税のまま申告を続けると、仕入や経費にかかる消費税(実際に支払った仕入税額)は計算上反映されません。簡易課税は、実際の仕入税額を積み上げる代わりに、売上に対してみなし仕入率で税額を計算する制度であるためです。
さらに、これまで簡易課税では、業種や経費構造によっては一定の益税が生じていたケースもありますが、税率0%となれば売上に係る消費税額自体が発生しなくなります。その結果、消費税の納税はなくなる一方で、税込売上の減少は避けられず、経営面ではむしろマイナスの影響が大きくなる可能性があります。
このような状況を考えると、税率0%の導入が現実になった場合には、簡易課税を継続するメリットは基本的になく、本則課税への切替えを前提に対応を検討する必要が生じると考えられます。
本則課税に切り替えた場合の基本的な考え方
飲食料品の税率が0%となった場合、課税事業者が本則課税(簡易課税を選択せず、実際の仕入税額を基に計算する方式)を選択すると、売上に係る消費税額は0となる一方で、種苗、肥料、燃料、農機具などの仕入や経費に含まれる消費税については、仕入税額控除の対象となります。その結果、仕入や経費に係る消費税額の方が大きい場合には、納税ではなく還付を受ける形となる可能性があります。
また、現在免税事業者となっている農家であっても、インボイス登録を行い課税事業者となったうえで本則課税を選択すれば、同様に仕入税額控除の適用を受けることができます。売上の多くが0%課税となり、仕入や経費の多くが10%課税であるという構造を考えると、本則課税を選択した方が消費税負担の面では有利となるケースが多いと考えられます。
本則課税への切替えには実務上の大きなハードルもある
もっとも、本則課税に切り替えれば自動的に問題が解決するというわけではありません。本則課税では、売上や仕入、経費について税率区分ごとの記帳や、インボイスの保存・管理などが必要となり、これまで簡易課税で比較的簡便な処理を行ってきた事業者にとっては、事務負担が大きく増えることになります。
特に農業分野では、取引先が小規模事業者であることも多く、インボイスの有無を確認しながら帳簿を作成する必要が生じます。また、種苗、肥料、燃料、農機具など、経費の種類も多岐にわたるため、税率区分の判定や区分経理の手間も無視できません。
さらに、制度変更が年の途中で行われる場合には、期中で税率区分や課税方式の管理方法が変わる可能性もあり、帳簿管理や申告手続は一層複雑になります。小規模事業者の中には会計ソフトを導入していないケースも少なくなく、実務を誰が担うのかという点も含めて、現場では新たな課題が生じることが想定されます。
誰がその申告を担うのかという問題
ここまで見てきたように、税率0%の導入が現実になった場合、消費税の負担という観点では本則課税への切替えが有利となる場面が多いと考えられます。しかし、そのためには帳簿の整備やインボイス管理など、一定の事務体制が前提となります。
一方で、農協の相談会に来場されるような小規模な農家では、消費税申告を前提とした区分経理まで対応できていないケースも少なくありません。相談会の現場でも、少なくとも私が関わってきた範囲では、インボイスの確認や税率区分の判定まで個別に行うことは通常なく、本人が作成してきた集計表を基に内容を確認する形が中心となっています。また、そもそも本則課税で申告している事業者自体が多くないという実情もあります。
このような状況で本則課税を前提にするとなると、最終的には「誰が申告実務を担うのか」という問題に行き着きます。税理士が関与すれば対応は可能ですが、規模が小さい事業者ほど顧問契約まで踏み切りにくいのも現実です。制度として税率が0%になること自体よりも、こうした実務を回す仕組みが現場に用意されているのかという点が、今後の大きな課題になるのではないかと感じます。
実際には、小規模事業者ほど制度変更に合わせて課税方式を見直す動きがすぐに広がるとは限らず、従来どおりの方法で申告を続けるケースも相当数生じると考えられます。その結果、本来であれば本則課税への切替えやインボイス登録を行うことで受けられた可能性のある還付を、十分に認識しないまま見送るケースも生じ得ます。
まとめ
飲食料品の税率が0%となった場合、農産物の多くもその対象に含まれることから、農業分野の事業者には売上構造や消費税の計算方法に大きな変化が生じる可能性があります。特に、税込価格を前提に取引が行われている場合には、売上金額の実質的な減少が経営に直接影響する点に注意が必要です。
課税事業者については、本則課税へ切り替えた方が有利となるケースが多いと考えられますが、そのためには帳簿整備やインボイス管理など、一定の実務体制が求められます。また、現在免税事業者となっている農家であっても、インボイス登録を行い課税事業者となったうえで本則課税を選択することで、仕入税額控除の適用を受けられる可能性があります。
制度の設計だけでなく、現場でどのように申告実務を支えていくのかという点も含めて、今後の動向を注視していく必要があるといえるでしょう。


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